シンプルなこと
僕は基本的な挨拶ができない人を疑問に思い、距離を置く。
幼児期に何を教わるとそうなるのかもわからない。
それは。
“こんにちは”
“ありがとう”
“すみません”
たったこの3種。
“こんにちは”は、時間により“おはよう”になり、“こんばんは”になる。
“ありがとう”は、時に“御礼”だったり、“THANK YOU”にもなる。
“すみません”も、場合により“ごめんなさい”だし、“お詫び申し上げます。”になる。
この3種は、相手がいないと成立しない。逆に相手がいるからこそ必要な言葉だと思っている。決して人は、一人では生きていけない。死ぬときは一人であっても、周囲とのかかわりの中で人は生きる。僕は基本的に“人が苦手”な部分がおおいにあるが、この3種だけは老若男女関係なく、必ず言うように心がけている。それがどんなに親しい間柄であっても、僕は一線を引く。人は人であり、現代人はテレパシーは使えない。中には“同じ日本人なんだから、阿吽の呼吸でわかるでしょ!”は僕の中にはない。この3種に関してだけは、キチンとしたいのです。
それが親子であったり、兄弟であっても、揺るがない。“他人行儀”と言われることもあるけれど、自分で“あ!忘れてる!”と思った時に、同時に自分の品格が落ちた!と感じ、焦るのだ。どうしてこういう感覚になったのかはわからない。父方、母方の中にも“僕と似たような人はいない!”と幼少期から言われてきた。自分では何を言われているのかがわからなかったが、大人になると“あ!本当に僕みたいな親戚がいない・・・。”と気づいた。
俗にいう“なぁなぁの関係”というのが非常に気持ち悪いのです。なので、馴れ合いというのも好きではない。でも、友人・知人はびっくりするほどいる。w
まぁ、よく“変わってるよね~。”とは言われるけど、、、。
自分の分析ができたのだとしたら、僕は“他者は関係なく、内の自分に甘く、外にいる自分に厳しい。”という感じだ。
とてもシンプルなことだと思うんだけど、意外と僕みたいな人は僕の周りには少ない。
画像提供元:Pexels
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